日の出

  

 

 窓から見る夜明け前の町は、静かに光輝いていた。海の底を思わせるその幻想的な光景に、静かに溜息をもらす。

「……寒くないか?」

 唐突に後ろから呼びかけられて、ヒナタは振り向いた。部屋の中はまだ暗い。だが、布団の上に体を起こした彼の、瞳の光ははっきりとわかる。

「おはよう、ナルトくん。あけましておめでとう。ごめんね、起しちゃったかな」

「おめでとー。勝手に起きただけだから気にすんなって。それより、日の出はまだだろ。寒いからこっち戻って来いってばよ」

「……うん」

 うなずいて、ヒナタは窓を離れた。布団に戻って、ごそごそと潜り込む。冷えた手足が、布団の中の暖かさにしびれた。ほう、と幸せそうに息をつくヒナタに、ナルトが思わずといった感じで吹き出す。

「朝、早いんだなー。オレ、まだ寝足りないってばよ。なんかスゲー疲れてて……」

「そ、それは……大晦日に『よーし、年越しまでに百八回するってばよ』なんて言って、無茶したからじゃあ……」

 布団の中、ふたり向かい合って話す。

「え、オレそんなこと言ったっけ? 覚えてねーけど」

「……もしかして、酔っ払ってたの?」

「たぶん。忘年会でイルカ先生とだいぶ飲んだからなー。ようやくオレと酒が飲めるようになったって、先生大喜びでさ……んで、そもそも、『何を』百八回するって言ってたんだっけ?」

「いいい、いいの忘れて! 思いださないくていい!! 思いださなくていいから!!」

 寝転がったままヒナタはぶんぶんと両手を振った。

「……今、何時くらい?」

 ナルトが、眠たそうに目元を拳でこすりながら聞く。

「四時。私もいつもは寝てる時間だよ。でも、毎年、初日の出だけは見るって決めてるから」

「ふうん……」

「ナルトくんは、そういうの気にしない? 初日の出とか、初詣とか」

「んー……、あんまり。初日っても、太陽は太陽だしなぁー。わざわざ見ようとは思わないってばよ」

 ある意味で現実的なその言葉に、ヒナタは苦笑した。

「太陽自体は、いつもと変わらないけどね。それを『今年の始まりの朝日だ』と思って見ると、心が引き締まるんだよ。自分を切り替える儀式みたいなものかな」

「そういうもんかなー……。あ、儀式といえばさ、ヒナタ。本家の方は、お正月何かあんの? 親戚が集まったりとか」

 ふと思いついたように、ナルトが言う。ヒナタの実家、日向本家は歴史のある名家だ。そういう家では、正月などの行事ごとに親類縁者が山ほど集まって飲み会をやったり、よくわからないが堅苦しい儀式めいたことをするものではないのか――そう聞いてくる彼に、ヒナタは複雑な表情を返した。

「うーん……似たようなものはなくもないけど。親戚の人たちが集まって、お正月会の延長みたいなことをするの。儀式かどうかはわからないけど」

 もともとは、遠くに暮らす分家の者たちが一堂に会し、去年一年間の自分たちの功績を本家に報告する、いわば査定のような意味をもつものだった。だが、しだいに皆が集まるという意味だけが大きなウエイトを占めるようになり、今ではすっかりただのお祭りである。

「……そういうのって、ヒナタは出なきゃいけないのか?」

 なんとなく不安そうな顔で、ナルトが尋ねてきた。三が日くらいは一緒にいられると思ったのに。そんな思いが声ににじんでいる。

「ううん。……本当は、出席した方がいいんだけどね。……今年はさぼっちゃった」

 ヒナタはそう言って、バツの悪さをごまかして舌を出す。以前はごく親しい人間にしか見せることのなかったそんな表情も、ナルトの前なら平気で出せるようになった。最近は、自分でも驚くほどに自然体で彼と接している。かつて、接近するだけで失神していた自分を思えば嘘のようだが、考えてみればそれもナルトの魅力の一つだ。そばにいて、触れ合うだけで心を許してしまう。彼にはそんな力がある。

 ヒナタの答えに安心した様子で、ナルトがほがらかな声を上げた。

「へえ、ヒナタがさぼるなんて珍しいな」

「だって、……いっしょに過ごしたかったんだもの……」

 自分のセリフに恥ずかしくなって、ヒナタは赤くなった顔を布団に潜り込ませた。頭からすっぽりと布団を被った彼女を、ナルトが布団ごと抱きしめてくる。

 ……しばらく、そのまま。

 ひょっとして寝てしまったのかとナルトが疑い出したあたりで、ヒナタはつぶやいた。空気を震わせるのではなく、直接彼の体に語りかけているような、不思議な心地で。

「さっきは、自分を切り替えるための儀式だって言ったけどね。ほんとは、もう一つ理由があるの」

 返事はなかったが、ナルトは興味を抱いたようだった。これだけ近いと、お互いの感情もなんとなくわかる。

「私のご先祖様のお話。日向一族の始祖……日向一族の、一番初めの人はね、女の人だったんだって。名前は、日向ヒノデ」

 日向ヒノデ。初代火影と共に現在の里の基盤を造り上げた、『木の葉の里』創立の立役者である。

「幼いころ、彼女は無限に輝き続ける太陽に心を奪われて、日が昇り沈むまでを毎日、一度たりとも目を逸らすことなく見つめ続けたの。その瞳は陽光に焼かれて色を失い、やがて視力をも失ってしまった。それでも彼女は太陽を見つめ続け――その健気さに心打たれた日の神は、彼女に、日の光が照らし出す全てを『視る』力をさずけた。それが、白眼の由来」

 あらゆる事象を俯瞰から見下ろす、人の視線ではない神の目線。白き陽の下、世界の全てを見つめる眼――

「そして、彼女は日向ヒノデと名乗るようになった。日に向かい、日の出と共にあるもの。だから、日向日出」

「……なんか、おとぎ話みたいだな」

 素直な感想に、ヒナタはくす、と笑みをもらす。

「そうかも。私が小さい頃に、お父様が聞かせてくださったお話だから。正式な歴史書にも、このことは載ってない。だけど、私はこのお話がとても好きで、だから初日の出だけは必ず見ようって思ってるの。毎日ずっと見つめ続けることなんて私にはできないけど、それでも、ヒノデ様の気持ちがわかるかもしれないから」

「ヒノデ様の気持ち?」

「うん」

 うなずきだけ返して、ヒナタは自分からもナルトに抱きついた。

 ずっと理解したかった、体感してみたかった彼女の気持ち。今なら、それがわかるかもしれない。

 瞳を焼かれるほどに眩しくても、自分の好きなものを、愛するものを、ただ一心にみつめていられる気持ち。

 それが何と呼ばれるものか、なんて――言葉にしてしまうのは、野暮だけど。

 

 

 一月一日、午前五時ごろ。

「お〜い、そろそろ日が出るってばよ〜……うう、やっぱりカンペキに寝てる……」

 安アパートの一室。小さな布団の上で、すやすやと眠る一人の少女と、

「ああ、もう昇り始めたってばよ……起したほうがいいよなあ……でもなあ……」

 あまりに安らかなその寝顔に、起こすに起こせず苦悩する一人の青年の姿を、朝日が優しく見つめていた。

 

 

 

 (おしまい)

 

 

 

 

 

(あけがき)

 あけましておめでとうナルヒナSS(ショートショート)です。完成したのは一月七日ですがまあギリで! ぎりぎりでかろうじてお正月には間に合ったかなと!

 自由にお話を考えるとなんか暗い感じの話ばっかりになるorzので、お正月っぽい和やかなものを意識して書きました。今のところ居留守庵の中でも一番ナルヒナっぽい作品ではないかと思うのですがどうでしょう。

 一応書いておきますが日向ヒノデのあたりは100%創作です。設定集をあぶりだしてもそんなことは書いてませんのでご了承を。でも日向一族の開祖の名前としてはそれっぽくないですか?(笑)逸話も含め自分的にはお気に入りです。

 

 

←BACK