冬の蛹は、夢見て眠る

 

 

 

 見慣れた天井、温かな布団。体が浮遊するような独特の感覚。つまりは。

(……風邪をひいてしまった)

 と、いうことである。

 寒気がする。体幹は熱いのに背筋は凍える、矛盾した体に理不尽を覚える。

(さむい……ストーブが欲しい……でも、布団から出るのは嫌だ……)

 ストーブと言えば、点け始めのまだ空気が暖まっていない頃にストーブに当たりに行くと、どうして背中があんなに寒く感じるのだろう。体の前面は熱すぎるくらいにまで暖まっているというのに、背面は当たる前よりも寒いとすら感じられてしまう。

 恐らくは、体感温度と実際の温度の違いなのだろう。一部が暖められたせいで、暖まっていない部分の感覚がより強く感じられるのだ。

(だるい……熱、下がったかな……なんか、上がってるような気がする……)

 朝測った時には、確か三十八℃近く熱があったと思う。「まだだ! こんなもの(体温計)で自分を測られてたまるかよ!」と無理やり登校しようとしたが休まされた。今思うと、確かに熱があったのだとしか思えない。

 部屋の中には自分一人。下に降りれば母親がいるが、一階の音は二階まで届いてこない。時計の秒針の音が大きく響くほどに静かだと、まるで自分が一人世界に取り残されたかのような気分になってくる。

(……さみしいな。……………に、会えないと……)

「さみしいよ」

 口に出して言ってみる。誰もいない部屋の中だからこそ、言葉にできる素直な気持ち。

「さみしい……」

 いたたまれなくなり、私は布団に潜り込む。声に出すのは失敗だった。自分一人しか聞いていなくても、やっぱり恥ずかしい――それに、はっきり言葉にすると、余計にさみしさが募ってゆくような気がする。

 ……それでも、意味はあるのだろうか。

 誰にも届かない言葉に、誰にも届かない想いを乗せて。それがたとえ、自分の心を締め付けるだけだったとしても。

 それでも――胸の奥に、ずっと閉じ込めておくよりは意味があるのだろうか。

「……会いたいよ、……サ」

“ピンポンパンポーン♪ 迷子のお呼び出しを申し上げます。埼玉県よりお越しの、柊つかさちゃん。埼玉県よりお越しの、柊つかさちゃん。柊かがみ様がお待ちです。一階迷子センターまで、至急……”

「!?」

 いきなり流れてきた迷子放送のアナウンスに、驚いて身を起こす。何事かと辺りを見回して、自分の携帯の着信音だと気付いた。

(なんだこれ……あ、そうだ。この前行ったデパートでわざわざ録音して、着メロ設定したんだっけ)

 授業中にいきなり携帯が鳴っても気付かれないための工夫である。これなら唐突に鳴り出しても「なんだ、迷子のお知らせか」と思わせることができる(できません)。

(サナギさんに自慢しようと思って忘れてた……ん? ということは、この設定をしてあるのは――)

 

 

 サナギ

 

 風邪の具合大丈夫?

 今からお見舞いに行くよ。

 

 

「………サナギさん」

 文面からあの明るい声が聞こえてくるようで、私は思わず笑みを浮かべる。

 

 

 マフユ

 

 本当?

 何か悪いからこっちから行くよ。

 全力で走って。

 裸足で。

 着のみ着のままで。

 

 

「……これでよし、と」

 いつも通りの返事を返して、私は携帯を閉じた。もちろん冗談だが、彼女に会えるならそれくらいはできるかな、などと半分真剣に考えている自分がいる。

(……そんなにさみしかったのか、私)

 自分では孤独には慣れていると思っていたのだが。風邪をひいて気弱になっているせいだろうか? いや、どうも最近、一人でいる時間が堪え難くなっている気がする。

 きっとそれは、サナギさんと出会ってからだ、と私は考える。

 彼女と出会う前、私は常に一人だった。誰かに嫌われていたわけではない、一人でいることを望んでいたのは自分の方。他人と触れ合うことよりも、一人で考え事をしている方が楽しかった。別に何か有意義なことを考えるわけではない、とりとめもない妄想のようなことを思い浮かべ、日がな一日を過ごしていた。

 だけど、サナギさんと出会って私は変わった。サナギさんはいつも私の傍にいてくれて、私もそれを望んだ。もっと多く、できる限り長く。彼女と共に過ごす時間を、大切に思うようになった。彼女との出会いで、私はどれほど多くのものを与えてもらったのかわからない。

 ならばこれも体感温度だろうか。寒さしか知らなければ、寒いとは思わない。暖かさを知って初めて、人は寒さを『寒い』と感じることができる。

 暖かさがなければ、寒さはない。涼しさを知らなければ、暑さもわからない。甘さを学ばなければ、苦味など感じない。

 孤独を孤独と認識できなかった以前の私はつまり、つまり――

“ピンポンパンポーン♪ 迷子のお呼び出しを申し上げます。埼玉県よりお越しの、柊つかさちゃん。埼玉県よりお越しの……”

 妙な方向に流れて行きそうだった思考を中断させる形で、再び着信音が鳴り響く。……この着信変えようかな。いきなり鳴るとビックリする。

 

 

 サナギ

 

 「お見舞い」と言っても

 見て舞いを踊るワケじゃないよ(笑)

 

 

「……ふふっ」

 まったく。

 彼女といると、暗く思い悩むのなんて馬鹿みたいに思えてくる。

 

 

 夢を見た。

 

 私はサナギさんと二人で、いつもの道を歩いている。道に終わりはなく、私たちはどこまでも一緒に歩いてゆく。いつものようにとりとめのない話をしながら、どこまでもどこまでも。

 本当は終わりがあることを、私たちは知っている。どこまでも行けそうなこの道もいつかは尽き、いつもの曲がり角で、私たちは手を振って別れるのだ。それを知っている。

 だけど今は、私たちは歩み続ける。終わりなどないかのように楽しげに。

 

 歩いてゆく。歩き慣れたこの道を、あなたと二人で。交わす会話に形はなく、

 あやふやで、

 身勝手で、

 頼りなくて、

 どうでもよくて、

 そして、とても、楽しい。

 

 私は、あなたが好き。

 

 言葉にしてしまえば、たったこれだけ。

 こんな言葉じゃ足りないのに。

 こんなありふれた言葉じゃ、何千回積み上げたって、あなたへの想いには届かないのに。

 

 ねえ、私は――

 

 

「………私は、……なんだっけ……」

 自分の寝言で、私は目を覚ました。よく覚えていないが、なんだか恥ずかしい内容の夢を見ていた気がする。

 あのあと何度かサナギさんとメールをやりとりしていたのだが、返信を待つわずかな時間にうたた寝してしまったらしい。携帯の液晶を見ると、サナギさんからのメールが一通。中にはただ一言、

 

 それはもう、治療じゃなくて儀式だよ!

 

 とだけ書かれていた。

「………」

 一体、私はオチる前にどんな内容のメールを送ったのかと悩んでいると、階下から来客の気配がした。続いて階段を上る足音。足音は部屋の入り口で止まり、かわりに扉越しの声が聞こえてくる。

「こんにちはー。フユちゃん、具合はどう?」

「いらっしゃい。あ、入っていいよ」

 遠慮がちに扉が開き、サナギさんが入って来た。

「薬が効いてきたのかな。ちょっと具合良くなった」

「そっか、よかったー。あ、………やっぱりそうだよね、冗談だよね……よかったぁ……」

「待って。今何を確認したのか教えて」

「え? あ、大したコトじゃないよ! ただ、さっきのメールの内容が頭に残ってて、ホントにやってたらどうしようって、ちょっと心配になっちゃって――」

 

「……それに、青い冷却材って、みんなソーダ味みたいに見えるよね」

「気持ちはわかるけど、食べちゃダメだよ……。あ、でも私も、おかきに入ってる乾燥剤がこんぺいとうみたいに見えちゃって、食べたくなったコトあるなー」

「あ、そういうの、『食べられません』って注意書きするより、食べられる素材を開発した方がいいと思わない? 大発明だよ」

「そ、そうかなー。……でも、こういう何気ない会話がヒントになって、すごい発見に結び付くコトってあるみたいだね」

「へぇ……、そうなんだ」

「私たち、いつもそんな話ばっかりしてるから、もしかしたら将来ホントに大発明できるかもしれないよ〜」

 そう言って笑うサナギさんの顔を見て、私はふと、さっきまで見ていた夢を思い出した。

 幾度となくやり取りされる、とりとめのない言葉たち。

 もし、この会話が無意味ではなく、何かを産み出すコトがあるのならば、その中で私は、彼女に贈る言葉を探しているのかもしれない。ただの言葉では伝えきれないこの想いを、あますことなく伝えることのできる言葉。それを見つけ出すために、私は、ずっとずっと考え続けてきたのかもしれない。

(だったら――いいな)

 もしそうなら、これからも私はずっと考え続けよう。どれだけ時間がかかろうとも、この想いを全て伝えられるのなら安いものだ。

 

 ねえ、サナギさん。

 私は、これからも探し続ける。あなたに贈る言葉の花束を。

 たとえ一生かかったとしても、きっと見つけ出すから。

 待っててね、サナギさん。

 サナギさん。

 ねえ、私は――

 

「私は、今はこれにしてる」

“……え、もう一回? 三回も言わせないでよ〜……しゅ、シュガシュガしい。……ぇ、あ、ちょ、ちょっと待って! 今のひょっとして録音し ブッ”

「な、なにこれ!? なに着メロにしてるの!?」

「うん。編集して“シュガシュガしい”のとこだけにしたかったんだけど、やり方がよくわからなくて。これはこれでかわいいから、いいかなーって」

「そ、そーいうコトを聞いてるんじゃないよ! は、恥ずかしいからやめてぇーーーーっ!」

 

 

 

 

 

 

 

(おしまい)

 

 

 

 

 

 

 

 

(あとがき)

 はい、というわけで「サナギさん勝手にノベライズ」をお届けしました。

 この短編はですね、実は敬愛するたまごまごさんに個人的に贈ったものなのですが、「もっと多くの人に見てほしい」というありがたいお返事をいただきまして、こうしてサイトにUPする運びとなったわけであります。たまごまごさんありがとう!

 サナギさんの小説って、管理人が知る限りないんじゃないかと思うんですがどうなんでしょ。もし読んだことがあるという方おられましたら、ぜひゲストブックの方へ書き込んでください。即座にお気に入り登録しますので。

 内容の方なんですが、マンガでは描かれることのないフユちゃんの胸の内を、自分なりに解釈して書いてみました。かなり楽しかったです。モノローグのあたりなんかは一人で「ぎゃー」とか「わー」とか赤面しながら書いてましたよ。変な人。

サナギさんサイドの短編も、いつか書いてみたいと思います。

 

 

 

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