死にたいなら。

 

 

 そもそものきっかけは、とあるミュージシャンがMCを務めるラジオ番組だった。読者から送られてくる悩み相談のはがきを読むコーナーに、こんな葉書が送られてきた。

『こんにちは

 ぼくは今なやんでいます。学校でいじめられているのです。

 いじめられていることがつらいのではありません。いじめられているぼくを、だれも助けてくれないのがつらいです。先生も、友達も、家族も、ぼくを助けてくれません。

 ぼくには生きている価値がないのでしょうか。ぼくは死んでしまいたいです』

 

 幼い字で真剣に書かれたはがきの文字を、ラジオのパーソナリティーである青年ボーカルは息もつかずに読み上げて、あまりにも重大な悩みにどう答えるのかと固唾をのんで見守っているスタッフたちの前で、きっぱりと言い切った。

「君が死にたいなら、死ねばいい。君の命の価値なんて僕が知るものか、そんなのは自分で決めればいいことだ。君が自分の命に価値がない、死んだ方がいいと思うなら死ねばいい。それだけの話だ」

 

 この発言は、当然のように大問題となった。青年は、中高生の若者を中心に幅広い支持を受けるロック・グループのリーダーだった。熱狂的なファンも多く、影響力は計り知れない。ラジオの放送があった次の日には、スポーツ新聞が一面で青年の問題発言を大々的に取り上げていた。ラジオ局への抗議の電話は鳴りやまず、なぜかまったく関係のない局にまで苦情の電話が届いた。夕方のワイドショー、朝のニュース番組と、騒ぎは収まるどころか次第に大きくなり始め、とうとう青年の属する事務所は、今騒動に対する会見を開くことを各報道機関に伝えた。

 会見場に招待された記者たちは、沈黙を保っていた青年が姿を現すことに期待しながらも、みなどこか残念そうな顔つきをしていた。もうじきこの会場にやってくる青年は、カメラの前で不謹慎な自らの発言を謝罪し、撤回するだろう。そして、この騒ぎはそれで終わりだ。民衆の興味はすぐに別の刺激的な事件に移る。終わった騒動のことをいつまでも覚えている奇特な人間などそうそういない。

 だが、無駄に大量のマイクが置かれた机に着いて、青年が発した言葉は記者たちの予想に反したものだった。

「みなさん勘違いをなさっているようですが、これは謝罪会見ではありません。僕は間違ったことを言ったつもりはありませんし、よって謝罪も撤回もしません。

 むしろ僕がみなさんに忠告したいくらいです。意見を下さるのは非常に結構ですが、どうかもう少し落ち着いてください。僕が言ったごく当たり前の意見に、いい大人であるみなさんが大騒ぎするのは見ていて非常に滑稽です。

 僕が主張しているのは、ひどく明快なことなのです。生きるつもりがないのなら死ねばよろしい。どう責任をとるんだ、などとおっしゃっていた方もいらっしゃいますが、意味がよくわかりませんね。僕は『自分の命のことくらい自分で決めろ』と言ったまでです。それによって死んだ者がいるとするなら、その責任は当然死んだ者にこそある。そうでしょう。僕が責任を取らなければいけない理由が、なにかありますか」

 まくし立てるようにではなく、はっきりとした言葉で穏やかに、かつ反論を許さない強い口調で、青年はそう主張した。それから自分のCDの告知をして、記者たちの質問には答えることなく、さっさと帰ってしまった。

 残された記者たちは、しばらく呆気に取られていたものの、やがて込み上げてくる笑いを憤慨の表情で隠しながら急いで席を立った。このお祭りはまだ終わっていない。今すぐに、この会見を記事にしなければ。

 

 あらゆる報道機関が、連日青年のことを取り上げた。青年の来歴、そもそもの発端になった事件、そして新たに加わった記者会見での慇懃無礼な態度が、時には極端に省略され、時には面白おかしく脚色されて何度も何度も放送された。今や、国民の中で青年の声を知らない者はいない。青年がラジオで投書を読み上げ辛辣な言葉を投げかけるその音声が、報道の中で嫌になるほど繰り返されたせいだった。

 だが、それで青年のグループのファンが減ったかというと、そうでもなかった。幻滅してファンをやめる者も確かにいたが、それ以上に新たにファンになった者も多かったのだ。理由はさまざまだった。自分の意志を曲げないところが格好いい、自分が常々思っていたことを代弁してくれた、など。単純に、あの声が頭に染みついて離れなくなった、という声もあった。

 もちろん快く思わない人々も大勢いた。PTAは怒り狂い、青年の事務所に彼を解雇するよう要請した。テレビでは様々な人々が青年の言葉を非難し、自殺を考えている者たちへ向けて暖かい励ましの言葉を贈った。良識ある人間は青年を批判する、それが当然の流れとなり、少しでも擁護するようなことを言えばたちまち白い眼を向けられる。CDを買って、店の外で割っているものもいた。顔を真っ赤にしてCDの破片を踏みつけていたその男は、マイクを向けられるとこう答えた。

「自分なりの抗議活動だ。無力な自分にはこういうことしかできなかった」

 

 やがて、決定的な事件が起きた。青年の言葉を真に受けて、自殺する者が現れたのだ。歩道橋から一tトラックの目の前に飛び下りた少女の遺書には、青年への感謝の言葉がつづられていた。ありがとう、あなたの言葉に背中を押してもらいました。

 騒動は加熱した。報道は苛烈さを増し、青年はほとんど殺人犯のように扱われた。警察も青年と少女との関わりを調べたが、少女の部屋からグループのCDが二枚出てきただけ。しかし、青年の発言が影響したのは間違いないと思われた。

 彼の言葉が、一人の人間を自殺に追いやった。インターネットでも彼を非難する者が増え、それがまた一騒ぎを呼んだ。青年はブログなどは運営していなかったが、代わりに熱烈なファンのホームページがやり玉にあげられた。一応は抗議の体を成しているものから、ただ思いつく限りの罵詈雑言を並べ立てたようなもの、ピンからキリまでの抗議文が毎日それらのホームページに書き込まれる。嘘かまことか、ノイローゼになった管理人の一人が自殺したという噂さえ流れた。

 一方で、青年の行為を全肯定する動きも起き始めた。動きの中心はグループのファンのうち、騒動の後からファンになった者である。彼らは青年を「死の司祭」として持ち上げ、布教活動と称して街角で手製のビラと一緒にCDを配るなどして話題になった。ビラには真っ黒く塗りつぶされた紙に白抜きの文字で、「彼は真理を歌っている」「死こそ唯一の解放」などと誇らしげに書かれていた。支持者はまるで悪魔を讃えるように青年の名を口にした。また、何枚も買ったCDをライターで溶かし、芸術品のように仕立て上げている者もいた。彼はマイクを向けられるとにこやかに笑って答えた。

「私なりの愛情表現です。彼に対する愛はあまりにも深く、こういう方法でしか表現できません」

 

 これだけの大騒ぎを起こしていながら、張本人の青年はどこ吹く顔だった。音楽番組やバラエティーにはめっきりと呼ばれなくなり、代わりにニュース番組からの出演依頼が後を断たない。他のメンバーや、まともなファンは困惑するばかりだった。

 青年の発言があった日から、自殺の報道も目に見えて増えた。自殺率の正確な統計はまだ出ていなかったが、あきらかに増加しているだろうというのが人々の共通認識だった。

 

 ある日、青年が一人で道を歩いていると、路地裏から数人の人影が現れた。性別も体格もばらばらだったが、全員が覆面で顔を隠し、なんらかの凶器を携えているところだけは共通していた。

「この人殺しめ、お前があんなことを言ったせいで、前途ある若者が次々と自殺している。お前のようなやつは、死んだ方が世の中のためだ」

 大柄な男がそう言って武器を振りあげると、周りの連中も一斉に青年に襲い掛かった。人数差の前に、なすすべもなく青年は袋叩きにされる。

 暴徒の中には、かつて自殺した少年少女たちの家族がいるのかもしれない。青年の言葉に傷つけられたかつてのファンがいるのかもしれない。あるいは、まったく無関係な者が、ただ面白半分に参加しているのかもしれなかったが。

 やがて、息も絶え絶えで地面に転がる青年に向けて、初めに声を出した男が再び呼びかけた。

「最後に何か言い残すことはないか。お前みたいな非道な人間は何も言わせず殺してやってもいいのだが、われわれはお前と違って人間らしい感性を持っている。それくらいの情けはかけてやってもいい」

 青年は荒い息をしながらしばらく唇を震わせていたが、か細い声でとぎれとぎれに話しだした。

「僕はずっと怖かった。死ねばいいとわかっているのに、怖くて死ねなかった。死にたいのに死ねないから、自殺できるやつらがうらやましかった。

 だから僕は、ずっと誰かに殺してほしかった」

 ありがとう、と男たちに呟いて、青年は息絶えた。

 

 

 

 

(オワリ)