※ このページは私、ラブゼムラバーが、「たまごまごごはん」をリスペクトするあまり作ってしまったページです。本家とは関係ありませんが、大好きです。

 発売未定の注目タイトル

 

2007-12-30

13月

る日

渋沢警部の憂鬱な事件簿 上・下

 原案に施川ユウキ、文章は西尾維新という超注目のノベライズ。デスノートを超える作品になるか? 挿絵はもちろん施川先生書き下ろし。

 

す日

HINATA 48

HUNTER×HUNTER 25 オーラカラー版

ソウルイーター外伝 エルカ=フロッグの休日

 

1ろ日

それがジャスティス!! ジャスティスロボ VSキラージョー編

世紀末覇王伝マナミ 全てを踏み砕いた女 

 原案・施川ユウキ 画・板垣恵介

 

1て日

トサカ先輩と仲間たち(読書週間推薦図書)

孤独な銃弾 〜ジャンケン大会の惨劇〜 上・下(読書週間推薦図書)

 

2ゑ日

(DVD)サナギさん DVDBOX全四巻セット

 今年、まさかのアニメ化に全てのファンを驚かせたサナギさん、そのDVDBOXが早くも登場! 予約特典はなんと、あのミミズク教授の……?

(DVD)斬 第三撃 玄人好みの扱いにくすぎる限定版

(DVD)至郎田正影の三日三晩クッキング

 

14月

し日

サナ×フユ(同人誌、+18)

カワリーノ100%(同人誌、+18)

ぎりぎりギリンマ(同人誌、+15)

働かない若者たち 〜ガマオ、ある青年の物語〜

疲れた中年たち 〜ブンビー、ある中間管理職の物語〜

ナイトメア戦記

 

 

 

サナギさんアニメはいつか、ウソじゃなくなるといいなあ・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 [記事]「たまごまごごはん」の教えてくれたこと。

 

 きっかけはサナギさん

 私がたまごまごごはんと出会ったのは、初めてのバイト代と貯金をはたいて買ったノートPCを、ネットにつないで間もないころ。まだhpも立ち上げていなかったと思います。

その日、特に理由もなく「サナギさん」で検索していた私は、検索結果の中に他とはちょっと毛色の違うタイトルを見つけました。

「サナギさん」と「フユちゃん」の見る世界。

それまで見つけたサナギさんの記事というのは、大抵単行本の内容について数行、長くても十数行くらいで感想を語っているものがほとんど。それはそれで楽しんでいたものの、少々物足りなく思っていた私は、そのタイトルに飛びつきました。

「へえ、サナギさんについての考察か。面白そうだな」

 初めは、読んでやるか、くらいにしか思っていませんでした。が、そのエントリに込められた情熱に、それまで「自分は施川先生の最も熱烈なファンだ」なんぞと思いあがっていた私は、一瞬で打ちのめされたのです。

「この人……スゲー!!」

WEB拍手というものを初めて送ったのはこの時です。それまでは「なんかよくわかんないから」という曖昧な理由で押すことのなかったそのボタンを、その時ばかりは極々自然な気持ちで押しました。「そうか、こういう気持ちの時に、このボタンを押すんだな」。極めて明快に、それが理解できました。

 この日拍手と共に送ったコメントに、後日、たまごさんからの返信をもらった私は有頂天となり、以来クソ長いコメントを拍手で送ったりコメント欄に書いたりする「コメント馬鹿」と成り果てました。2007年の六月ごろからたまごまごごはんを見てらっしゃる方は、浮かれまくった頭の悪そうな長文コメントを何度か目にされたと思います。申し訳ないそれ私です。

  

文章の秘密

 たまごまごさんの書く文章は、とても魅力的です。その魅力はいったいどこから生まれるのか。愚考するに、それはたまごまごさんの優しさから来るものではないでしょうか。

 記事をじっくりと読むと、その情報量に驚きます。たとえば上で紹介したサナギさんの記事にしても、私は初めさらっと一読して「なんか凄い」という漠然としているにも程がある感想を抱いたのですが、今、改めて読み返すことで、何が凄かったのかなんとなくわかってきました。

 「サナギさん」を読んでいてまず心に残るのは、主人公サナギさんの天真爛漫で元気なリアクションと、フユちゃんの淡々とした毒舌。サナギさんはすっごく泣くし、すっごく驚くし、すっごく笑います。ゲラゲラと笑います。いまどき「ゲラゲラ」と笑うキャラなんてそうそういないでしょう。彼女の周りには気が付くと輪ができています。主人公だからというほど尊厳をはなっているわけではなく、単純に彼女がマイペースにすごしているのが、他のキャラからして居心地がよいのでしょう。

必ず自分の言った事にサナギさんがリアクションしてくれるのもポイント。ネガティブなサダハルやわりと猟奇的(?)なマナミさん、一人哲学者なハルナさんに前衛的すぎる詩人イマミヤさん。普通なら暴走しすぎていてイタいキャラですが、サナギさんが全て受け止めてくれるので場はひたすらに和みます。おそらくクラスでも多くの子が信頼を寄せているのではないかという感じがヒシヒシと伝わってきます。

このマンガ最大の魅力はやはり彼女。読んだ人がみんな「ほっ」とするような彼女の存在は「和む」の文字がふさわしいです。(「サナギさん」と「フユちゃん」の見る世界。 より)

 サナギさんのゲラゲラ笑い。サナギさんの周りに人が集まる理由。サナギさんの存在が強烈なキャラたちのクッションになっていること。そしてそれらから導き出される、サナギさんがこのマンガの最大の魅力であるという結論。短く簡易な文章で書かれたこの数行に、これだけの情報がつまっているのです。

 私だってサナギさん全巻もっているんですよ? ことあるごとに読み返したりしてますよ? だけど「サナギさんについて書け」と言われて、これだけのことを見つけ出せる自信はまったくありません。精々が「踏まれたい願望はないしMでもないが、それでもマナミさんになら踏まれたい」くらいのことしか書けないでしょう。

 この記事を読んだとき、私はこう思いました。「たまごまごさんは私よりもずっとサナギさんが好きなんだ、サナギさんフリークなんだ」。だからこそ細かいところまで見て、気づくことができるのだと。しかし、たまごまごごはんの他の記事を読んでゆく内に、私はそれが勘違いであったことに気がつくのです。

「あれ、この人趣味広くね?」「サナギさんだけじゃなくね?」

プロフィールにもある通り、最近はサブカルチャー寄りのようですが、それにしても圧倒的なまでの守備範囲の広さ。おまけにそれらの記事のどれもこれもが、深く細やかでわかりやすく面白い。それらが毎日更新されていると知った時は本気で『たまごまご複数人説』を考えたものです。今でも半分くらい疑ってます※1

 一つの作品を掘り下げて読み解くことができるのは、一言でいうなら、その作品への愛ゆえ。それが好きだから、深くまで潜れる。見逃してしまいそうな細かいポイントを丁寧にあげていくことができる。一つや二つなら、そんな作品を心にもっている人は多いのではないでしょうか。しかし、たまごまごさんは考えられないくらい沢山の作品に対して愛情を注いでいます。

 

受け入れる 

なぜそんなことができるのか? 私なんかがそんなこと考えてもわかるはずないのですが、恥を承知で考察してみます。それすなわち、「否定しないやさしさ」ではないかと。

 記事を読んでいただければわかりますが、基本的にたまごまごさんは肯定型のお人です。というか、自分の知る限りですが、この人が何かを否定している様を見たことがありません。

 作品を見る時の視点が、すでにそうなんでしょう。「作画は一定レベルがないとダメ」「この展開は認められない」「こういうキャラは嫌い」、そんな自分自身で用意したハードルが、ゼロではないにしろ極端に少ないのではないでしょうか。簡単に言うと「何でも受け入れられる」ということです。これって一見、簡単なことみたいですよね。だけど、これこそがたまごまごさんの最も凄いところなんじゃないかと私は思います。

 生きている以上、どうしても好き嫌いがあるのが人間です。食べ物にしても音楽にしても、小説にしてもマンガにしてもそう。我慢すればなんとかなる場合も多いですが、「生理的に受け付けない」という言葉があるように、自分ではどうしようもないレベルの好き嫌いもあります。だけどできることなら、好き嫌いなんてない方がいいに決まってますよね。

もちろん好みは大事です。カレー味のカップ麺が好きならそれでいい。同じカップ麺なら、わざわざ嫌いなシーフード味を食べる必要もない。三食カレー味を食べればいいんです。そうして、いろんなメーカーのカップ麺を食べ比べて、一番おいしいカレー味を見つけ出せるかもしれません。それはすごい成果です。

でも、嫌いなシーフードをおいしく食べる方法が、もしあるとしたら。

 たまごまごさんは日々、色々なカップ麺を食べる人です。苦手な味というのもおそらくあるとは思いますが、それでもお構いなしに様々な種類のカップ麺を日々食べます。新発売の味にも敏感に飛び付き、良い所を挙げます。その上自分の好みの味もしっかり食べていたりするので、見ている方は「どんだけ入るんだよ」とツッコミたくなるんです。ブログ界のプリキュア5、たまごまご。やべ、このフレーズは流行る。

 なんでそんなことをしなきゃならないんだ、そう思う人もいるでしょう。好きなものを好きなだけ食べてればいいじゃないか。そりゃバランスは良くした方がいいけれど、なんでもかんでも食べる必要なんてない。苦手な味に出くわすかもしれないのに、なんでそんなことをしなくちゃいけないんだ、と。確かにその通り。嫌いな味に出くわすリスクを恐れるなら、好きなものだけ食べていた方がはるかにいい。

偏った嗜好は、けっして悪いことばかりではありません(食べ物の場合はそうも言ってられませんが)。偏って偏って、掘り下げて掘り下げて、何かを見つけ出す。そうやって素晴らしいものを生み出してきた人は沢山います。芸術家なんかは特にこのタイプの人が多いんじゃないでしょうか。

 だけどたまごまごさんはあえて己の偏りをなくします。色々なものと触れ合います。それは一体何のためなのか。

 きっと、それが楽しいから、なんです。

 どんどん新しいものと触れ合う中で、とても好きになれるものが見つかるかもしれない。多少苦手なものにぶち当たっても気にしない、避けたりせずに受け止める。いつか別の見方を知った時に、それが光り輝くかもしれないから。

 そうして出会った新しいものに、たまごまごさんは惜しみなく愛情を注ぎます。把握し切れない無数の情報の中で、だからこそ出会えたという喜びをぶつけて記事にします。そうやって書くからこそ、毎日のように更新される沢山の記事たちはどれもこれも生き生きとして、読む人の心に、なんとなく前向きなエネルギーを与えてくれるんじゃないでしょうか。

 

 教えられたこと

 私は典型的な「閉じた人間」でした。自分の好みの作家だけを追い、自分の好きな曲だけを聞き、自分の好きな味だけを求める、そのくせ深く極めるほどの根気もない、そんなやつでした。

 なのでたまごまごごはんに通い始めたころ、これまでに書かれてきた記事を見て、一種絶望的な思いにかられた覚えがあります。この人は、私とはまったく別種の人間だ、と。

 新しい何かと出会えるということ、それは本来、とても楽しいことのはずです。だけど私は好き嫌いを覚え、そしていつの間にか、それが絶対だと思うようになってしまいました。嫌いなものは嫌い。それは変わらない、むしろ嫌いなものを克服してしまうことこそが敗北だと、とんちんかんな信念を抱いて。滑稽ですが、笑えません。今も変わらず、その滑稽な思い込みは私の中に根を張っているのですから。

 だけどそれも最近、少しづつですが変わり始めています。視野が狭いなら狭いなりに、少しでも好き嫌いをなくそうか。敬遠していたジャンルにも、ちょっとだけ手を伸ばしてみようか。嫌いなものに出会っても、すぐ見限らないで良い所を探してみようか。そう思うようになりました。新しいものと触れ合う喜びを、思い出させてくれたhpがあるからです。

 

 なんだかよくわからん文章をぐだぐだと書いてしまいました(笑)。たまごまごさん風味に簡単で分かりやすい文章を目指して書いたのですが、いやあ、ダメダメですね。難しいです。

要するに、たまごまごさんみたいに色々なものを受け入れて楽しめる、心の広い人間になりたいなあってことです。ああ、一行で終わった!!

 

最後に。

 先の記事の中で、たまごまごさんはサナギさんをこう評します。

 どんなものもバカにしない。全てのものを楽しさと感情に変えていく。それが「望月サナギ」という女の子です。

これはそのまま、たまごまごごはんにもあてはまることじゃないかなと、私は思うのでした。

 

 

〜関連リンク〜

 「サナギさん」と「フユちゃん」の見る世界。(たまごまごごはん)

 

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 ※1たまごまご複数人説とは、

   まかろにさん……リーダー。ラジオとかに出てるのは彼。音楽好き。百合好き。

  たま……アニメ担当。情熱家。スパッツが好き。百合好き。

  ごまご……コミック担当。エロも読む。裸足が好き。百合好き

  ごはん……その他情報収集担当。ネットを巡回。眉毛が好き。百合好き。

  これら四人が代わる代わるたまごまごごはんの記事を書いているのではないかという説である。2○○て年、ラブゼムラバーによって学会で発表され物議をかもした。五色に色分けされた少女のチームではないか、という説もある。